Jan 24, 2009

人材教育と受験と

みなさんは、多読・多聴の中心的存在、電気通信大学の酒井邦秀先生の講演会を聞かれたことはありますか?
以前はですね、この話どこへ向かうの?なことが多くて、面白うございました・・・
でも、最近は多少前もって話す内容をリストアップされているようで、
以前のような、どんだけーな話は、減りました。はは

が、時に場所をわきまえずに、”人材”なんて話に流れることがあります。
ベルトコンベアーに乗せられて、型にあうよう成型されている渦中の学生に向かって、
君たちは、人材、”材料”なんだよ~と。
学校の講演会でこれやられると、二度と呼んでもらえないでしょうね。

なんですが、同じこと考えてる人って、いるもんです。
動物行動学者の日高隆俊さんとかー

-抜粋-
どの国家であれ、国がやろうとしている教育は、要するにその国の支配者が、自分達の権力を維持するための「人材」を、できるだけ効率よく作りだそうとしているだけのことではないか。・・・研究に必要だというだけの名目でわけのわからぬ*基礎知識*を「教育」されても、それは身につかないし、研究にも実践にも役立つことはなかろう。
(*基礎知識*を*英語*に置き換えても、その通りかと)

それから、よくお邪魔するこちらのサイト、アメリカの先生ですが・・・
http://davidwarlick.com/2cents/?p=1668
(taken out of this site)
"How much is this just like what we are doing to our children. They move down the assembly line, where we install math on them, and install reading, and science, and then we measure their learning at the end of the year, to make sure they all meet the standards, that they all know the same things.
Of course, this makes perfect sense in an industrial age, where you need workers who know the same things, think the same way, working in unison"

昨日、娘の実力テスト(通信教育)の結果が戻ってきました。
一年後は高校受験になるわけですが、この結果を見ては、
いったいどんな学校をすすめればいいのかなあと、途方にくれています。
私もパートナーも関西人なので、東京の教育事情に疎い。
学校の先生はあまり当てにならないよと、当の先生から言われるし、
かといって塾に行けば、可能性のある偏差値の高い学校をすすめられるに決まっている。
もう少し欲を出して、多少難しめの学校を目標にするよう、もっていくのがいいのか、
通いやすい中堅校のほうが、人材教育されずに済むのか、どっちがいいのかなあ。
そんな、どこの高校へ行くかって事より、高校で一年留学する!なーんて言い出すほうが、うれしいんだけどな~

・・・と、ここで終わるつもりが、もちょっと書きたくなった。
娘の勉強見ると、社会は相変わらず年号や人名覚えてーってやってるけど、
あんな記憶作業に、何の意味があるんですかね?
パソコンでちょちょいと検索すれば、すぐわかることでしょ。
中学の数式、もう忘れましたが、生きていくのに支障はないですよ。
冬休み明けは恒例の百人一首大会ですが、百人一首とか源氏物語とかって、
学校にふさわしいですかね?私が今はまっている腐なジャンルより、
よっぽど色めかしく感じるのは、私がおかしいからでしょうか。
環境教育っていうけれど、理科の授業とか、一回使えばゴミになるだけの
プラスチック製実験セット使うって、crazyじゃないですか?・・・

5 comments:

牛印牛乳 said...

たぶん多くの会社で人事部は(ひとごと=他人事)部と言われています。少し前までは人は財産なので人財部というのがはやりました。今は人材に戻ったようです。財産には愛着があっても材料は使って何ぼですね。ただ、自分の型を自分で作れる材料ですが。

私の地域も塾に行かないと情報が入って来ません(涙)。私が中学生の時は職員室の前の廊下の壁に生徒の順位がテストのたびに張り出され、何番までは何とか高校に入れるって一目で分かったものです。今はどの高校に何人入ったのかも教えてもらえませんから志望校を選ぶのは塾が頼りです。そのような背景もあって3年になってから通っています。

年号、人名地名の暗記はそれなりに意味があると思いますよ。近くに貝塚があって工事の前の見学会に行きましたが、知識が現物に会うって面白いですよね。40年近く前の知識ですが。
百人一首の艶っぽさには確かに困りましたね。例の二人一首を子どもとやろうとした時、意味を聞かれるので歌の選択には気を使いました(汗)
環境教育の前にエネルギー収支(太陽電池が一生に作る電力で太陽電池が1枚以上作れればシャープは電気を売りますね)や化学物理の正しい知識を知らなければ(水に悪口を言ってから凍らせると氷がにごるなど)似非科学にだまされるでしょう。

「教育の目的が世の中をよりよくすること」なら教育が非効率的なのは目をつぶるしかないかと思います。

ただ、受験は経済効率を優先しすぎて教育とは別物になってしまった点が問題ですが。

chico said...

何だか熱くなりそうな話題ですので、正面からぶつかりましょ。(母国語でいきます)牛印牛乳さん、知識が現物に会うって良き表現ですね〜。今ちょうど、wisdomとknowledgeを比較して考えよってな問題を出されてまして、おっしゃることがそのまま使えると思います。知識や技術というものは、それを使う目的を誤ったり、日常に適用されなければ意味ないじゃん!と思います。つまり、テストの為に記憶しただけで、応用しないものなど意味ないでしょうね。問題は、その知識に向かう態度の気がします。と言っても、テスト形式や授業方式も、そろそろ考えた方がよろしいかと思わせるものばかりで、やはりうんざりするのも現実です。教育の目的は一体世の中をよくすることなんでしょうかね〜。世の中をよくすることとは?という議論は充分なされているのでしょうか?正直、学校でも、社会でも、人との繋がりは面倒だという雰囲気が漂ってますから、議論なんてされないのでしょうね。誹謗中傷ばかりなのは、何の実もなくて虚しいだけですし。こういう場がネット上であってもあることは、幸いだと思います。やはり、教育を受ける側も諦めちゃいかんですね。声を張り上げねば!
娘も私も現役で、教育を受けている立場なので、つい熱くなります。このブログには、幸い現場で戦う、現役の先生方も遊びにいらっしゃるようですし、awesome!と思います。ところで、awesomeって日本語だとどう表現すればいいんでしょうね。

Mrs. Malone said...

牛印牛乳さん、Chicoさん、こんばんはー

いつもこんなボヤキにコメントつけてくださって、ありがとうございます。

人事部が他人事部で、人財部が人材部・・・なんと見事に真実を言い当てていることか。私がOLをしていた20年ぐらい前が、ちょうど派遣の人が入ってきた時期で、人財から人材への端境期だったのかと。

塾のことは、私もパートナーも行かずに大学へ入ったので、必ず行くものみたいに言われると?です。娘の友達は、ほとんど行っているようで、中学なのに河合塾行ってる友達もいると聞いて驚きました。上位の学校を目指してほしいわけではないので、塾に行かなくても近くの中堅高校におさまるでしょう・・・は、甘いのかな。

百人一首、そうですよね!中学生のおまえにわかってたまるか、みたいな。はは。

知識と知恵ですねえ。ふつうは知識をたくさん得るほど、知恵もついてくる、になるんでしょうか?
「教育は世の中をよりよくするもの」は妥当だとして、その”よりよい世の中”の中身について、どうも先生という肩書きのついた人は、思考停止に陥っている人が多いように思えます。いや、さらにその上の人たちが問題なのか。

私はパソコンやネットを使うのに抵抗がないからかもしれませんが、ウェブでつながる世界って、これから急変していくような気がします。使える人と使えない人の差も大きくなる。だって居間でコーヒー飲みながら、地球の反対側にいる人と議論できるんですから。病気になったとき、お医者さんに診てもらわなくても、ネットで十分解決することもある。というか、自分で調べたから助かった、なんて人もいる。

話がまとまりませんが、昔とかわらない今の教育ですが。私には中、高って意味がなかったです。それで今までは、自分が真面目じゃない、あきっぽい性格だから、自分が悪いんだって考えてきました。でも最近思うのは、実は、学校の学び方が私にはあっていなかった、それだけのことなのかと。
最適な学習のし方って、多読といっしょで、一人ひとり違うと思います。でも学校での学びって、ボトムアップ、細部から全体、文字重視そんなとこですよね。でも私はこのやり方ではワクワクしない。

今日、図書館で文科省の月間報告書?みたいな冊子をチラッと読みましたが、いやあ、難しい漢字、語彙のオンパレードで私には理解不能でした。なんですが真理って、もっと単純に表現できるものじゃないかと、どこまでも自分の読解力不足を認めないのでした・・・

はやくこども式の掲示板、再開するといいですねー^^

Mrs. Malone said...

学校で基礎知識とされるもので、必要ではない事柄も多いと思うのは。

ウェブ普及以前:知識を得るためには、相当の時間を費やさなければならなかった。だから、みんながある程度同じ知識を共有しないことには、何事も始まらなかった。

ウェブの時代:知識欲、好奇心、貪欲さ、そうした、生きることを喜びに感じる感情があれば、知識なんてもの、あっという間に集めることができる。
でも、ワクワクすることを忘れた人間は、知識を知恵にまで昇華することはできない。

こんなとこー

せにょ said...

どうも、ねーさん。現役○○です!

あのさ、前からいっとるけど、学校とか教師なんてまじめに相手にするもんじゃないっすよ。それよりも、どんな生徒がいるか、ってことが大事かと思いますよ。おもろそーな奴が集まる学校が一番いい学校でしょう。つうかさ、俺が言うと身もフタもないと思うんだけど、学校がどんなであれ、毎日毎日楽しく充実して生きていけるんじゃないのかな、Riboncitaちゃんは。

あとですね、最近教育現場でよーくつかわれることばで私が大っきらいなものが、これだ!

優秀
能力がある
仕事ができる
評価が高い
実績
成果

こんなことばっかほざいとるんですよ。管理職だけでなく現場の教員もね。こないだも上司との面接で、「あなたは優秀で能力はあるけど、もっと周りを見てどうのこうの。」と言いやがるので、思いっきり目の前であくびをしてやったらキれてました。ははは。

そーいえば、10年以上前に、プロ教師の会の河上って人がテレビで言ってました。

「優秀な教員が増えれば教育は変わるっつうけどさ、そういう人に聞きたいね。その優秀な人材ってどこにいるんだよ、ってさ。そもそも先生なんていっぱい必要なんだよ。普通のおじさんおばさんが先生できる国じゃなきゃいけないんだよ。」

なるほどねー