Aug 19, 2008

日本多読学会ワークショップ、その2

初めて学会に出席して、違和感を覚えたこと。

1.多読を始めるには、ある程度の語彙が必要か?について

児童英語の先生からは、多読以前に歌やゲームで英語に慣れていくので、
ある程度の語数が入っている状態で多読をすると発言があり、
まとめ的には、影響力大の先生による、300語程度必要という意見で終了。
ゼロからはじめられる、という意見は出ませんでした・・・
(中高生になると、小学生とはちがって、ある程度の語彙が必要だということなのか、
単に超やさしい本をすっ飛ばして、先に進みたいからなのか。)

 疑問点:多読を始めるのには、ある程度の語彙が必要です、となると、
      これまで同様、一対一対応の単語指導をやってから多読、となる先生も出るのでは。
      読むうちに自然と単語の意味がクリアになる、そんなのが多読の面白みじゃないのか。

2.多読・多聴だけで、全てが解決するわけではない。多読・多聴は、必要条件だけれども、
十分条件ではないという意見に、反論がなかった。

 疑問点:多読・多聴がぴったりくる人には、9割までが多読・多聴、残り一割が、必要になった時にやる、文法まとめ、テスト対策、会話練習、ライティング術等のドーピングでいけるかもしれないのに。

印象的だったこと:
ある多読暦の長い児童英語先生の発言、「多読で効果というには、やっぱり300万語は必要かと・・・」に、会場全体、そんなに読む必要があるのか、という空気が漂よった。
やっぱ一口に多読といっても、10万、20万でも多読、100万語いけたら御の字と考える先生から、1000万語ぐらい読んで、ようやく道が開けてくるんじゃないかな、みたいな人(私)までいろいろなんだ。

2 comments:

Whiskers said...

emmieさん、こんばんは!
興味深く読ませて頂いています。

学校への多読の導入については、最初の一歩が肝心だから、心配ですよね。
私自身、進学の成果とかあまり関係ないところで教えていますが、シラバスを書いて提出しなければならないので、試験をしないことがわかるシラバスを書くのは気が引けます。
まして普通科とかでは、成績がとても大切なものとなってくるでしょうし・・・。導入しようとする先生がしっかりと覚悟を決めてやらないと、似て非なるものになってしまう危険はあると思います。
私はいつか高校に戻るかもしれないのですが、そうしたら、ESSとかの顧問になるとか、図書部の仕事をするとかして多読を勧められたらなあと夢想しています。

こうやって「多読がいい」となると、どんな風にいいのか、自分で体験もせずに導入しようとする人が出てくる危険性はありますよね。多読って、たとえば1日読んでみてわかる、とかいうものではないし・・・。

どのくらい読めば、というのもきりがないように思えますよね。多読にはまった人たちは、際限なくどんどん読み続けられるんだけど・・・。私の生徒達は、平均で1年で10万から20万語。2年になって私の授業が亡くなっても読み続ける生徒はほんの少数(それでもいるだけマシ、と自らを慰めています)。100万語、そしてそれ以上読んで、多読の醍醐味を本当に感じてくれる学生がどれだけいるか、と考えるとちょっとめまいがしそうなくらいです。

今ふと思ったのですが、多読はmagic wandとか聖杯というように、「それさえあれば」というものではなく、なにか「ドアを開く」行為みたいなもののような気がします。・・・うまく言えないですが。

なんだかnegativeなことばかり書いてしまいました。でも、より多くの子供達が多読によって楽しく英語を身につけられるようになればすてきですよね!

mrs. malone said...

whiskersさん、おはようございます!
夏休み後半、明日から第二の故郷に行ってきます。その後は、子どもの自由研究につきあわなければ:-(
さて、今講座やっている高校では、patoさんが多読を導入されたんですが、図書関係の資格を取り、図書館担当になったり、あらゆる方面への働きかけをされて実現した講座のようです。熱心に動くほど、事務の人には嫌がれるとか、いろいろあるようです。
私は、もとが本好きってわけじゃないので、
自分が高校生のときに多読授業されていたら
、拒否していたと思います。そもそもが、なんで英語勉強するのかわかっていなかった。
学校では、集団だからできる動的な活動と個別の活動を取り混ぜて、モチベーションを上げてほしいかな。
いろんな先生のお話を聞いて、工業地帯の学校とか、生活指導から入らなければならない学校だと、多読を持ち込むのが逆に悩みの種になってしまうのでは、なんて。
全員が英語する必要もないでしょうに、先生は大変だ。